皆さんはこのような「メイド」のサムネの動画を目にしたことがありますでしょうか。
これは「Maidcore(メイドコア)」と呼ばれる音楽ジャンルで、近年YouTubeなどネットで徐々に注目を集めています。
これらの音楽は一体どのようなもので、どのようにして生まれたのでしょうか。
この記事では「メイドコア」について、下記の順番で説明していきます。
- 「メイドコア」誕生の歴史
- 「メイドコア」の音楽性
- 「メイドコア」の現在
始まりは日本だった
1. メイドコア誕生の歴史
「メイドコア」のメイドの起源は、日本の「ふたば☆ちゃんねる」まで遡ります。
2001年に掲示板「2ちゃんねる」の閉鎖騒動が起きた時、その避難所として作られた画像掲示板が「ふたば☆ちゃんねる」です。
元々は避難所だったのが、独自の文化を形成し、発展していきます。
ここでは複数の掲示板が存在し、特に人気なのが「二次元裏@ふたば」、通称「虹裏」。
その虹裏で、2004年に「メドイさん」と書かれたメイドの絵が貼られます。
やがて彼女は「めどいさん」として、「面倒くさがり屋」など様々な設定が付随され、キャラクター化しました。
そしてこれをきっかけに、「ふたば☆ちゃんねる」の絵師達によって様々なメイドキャラが作られるようになります。
これらのメイドはどれも「もどいさん」「くどいさん」「ひどいさん」「よわいさん」など、「〇〇いさん」という縛りでした。
彼女たちは「虹裏メイド」と呼ばれ、虹裏における一大ジャンルとなります。
ちなみに他にもOSを擬人化した「とらぶるうぃんどうず」など、虹裏ではこうしたキャラ化が日常的に行われていました。
「虹裏メイド」は学園設定ができたり、他の虹裏のキャラと共に格闘ゲームやRPGに参加するなど、虹裏住民から広く愛されました。
とはいえ、この人気はあくまで「ふたば☆ちゃんねる」内に限定されるものでした。
しかし、思わぬところでこの文化が波及していくことになります。
ドラッグ専門の掲示板
日本の「ふたば☆ちゃんねる」に触発され、海外でも独自の画像掲示板が次々と作られるようになります。
特に有名なのは2003年に開設の「4chan」で、この掲示板については私のフィッシュマンズの記事でも取り上げてるので、そちらもご覧頂けますと幸いです。
他にも「4chan」から独立した「8chan」や、ブラジル最大の掲示板「55chan」など、様々な「○○hcan」が作られました。
ドラッグ専門の画像掲示板「420chan」[1]も、そうして作られた掲示板の一つです。
主に大麻など薬物関連のトピックについて会話する掲示板(「420」は大麻を表すスラング)で、元々は2005年に冗談で作られましたが、予想に反して人気を集めました。
ちなみに「420chan」の開設者のオーブリー・コトルは国際ハッカー集団「アノニマス」の創設者としても知られ、この掲示板で「アノニマス」が育つことになります。
このアンダーグラウンドな掲示板で、マスコットとなるキャラクターも作られます。
その一人がこちら、「TCC-Tan」です。
そしてもう一人が、こちら。
あれ、虹裏メイド!?
そうです、虹裏メイドの一人、「ヤクいさん」が何故か「420chan」のマスコットキャラとして抜擢されています。
彼女はその名の通り、重度の薬物中毒という設定があり、まさにドラッグ専門「420chan」にうってつけの存在です。
またこれらの掲示板の起源が「ふたば☆ちゃんねる」にあることからも、虹裏メイドが輸入されるのは何ら不思議な話ではありません。
「ヤクいさん」は「420chan」で非常に人気になり、設立の翌年には彼女の名前を冠した掲示板「/Yakui/」まで作られます。
そして、とある証言[2]によると、この「ヤクいさん」の人気は海を越えてロシアにも、同じく薬物関連の画像掲示板「Omichan」に波及していったようです。
残念ながら「Omichan」はかなり前に閉鎖したらしく、情報は全く残されていません。
ただアイコンがロシアの麻薬密売のシンボル「Omsk Bird」であることからも、その手の掲示板であることは間違いないでしょう。
そして「ヤクいさん」のこうした人気は「iichan」など、ほかのロシアの画像掲示板にも伝播していきました。
中には「オゾいさん」や「ヤバいさん」など他の虹裏メイドの画像もあり、これらがのちの「メイドコア」の布石になったと言えます。
「メイドコア」の誕生
ある時、ロシアの薬物関連の掲示板「Omichan」でマスコットとなった「ヤクいさん」を目にしたロシア人が、同じくロシアのSNS「VK」で自分のアカウントにします。
彼はインタビューで次のように語っています。
「このキャラクターを初めて見た時から大好きなんだ、メイド服も可愛いしね」
ちなみに「VK」はFacebookのようなもので、「ロシア最大のSNS」とされています。
そのVKで、2013年に「ヤクい」の名前を冠した「Yakui The Maid」で音楽活動を開始。
これに追従する形で、同じVKのユーザーたちが「Ozoi The Maid」、「Yowai The Maid」、「Itai The Maid」など、虹裏メイドの名前を冠した音楽プロジェクト「◯○ The Maid」を次々と始めます。
そして2014年に「Yakui The Maid」は「Ozoi The Maid」とともにアルバム『Regressive Maidcore』をリリース。
ここで冗談でつけた「Maidcore」という名前が、後にこのムーブメントを総称するジャンル名となります。
こうしてロシアで、虹裏メイドのキャラクターを使った「メイドコア」が誕生しました。
1. メイドコア誕生の歴史
- 2004年に「ふたば☆ちゃんねる」の「虹裏」でメイドの画像が投下
- 絵師たちが次々とオリジナルメイドを作り、「虹裏メイド」が誕生
- 虹裏メイドの「ヤクいさん」が海外の薬物掲示板のマスコットに、さらに人気がロシアに波及
- 2013年にロシア人が「ヤクいさん」を使い、音楽活動を始める
- ロシアのSNSで虹裏メイドを使って音楽を作る人が次々と現れる
- 「メイドコア」の誕生
メイドコアのアーティスト
2. メイドコアの音楽性
次に「メイドコア」がどのような音楽ジャンルなのか、見ていきましょう。
「メイドコア」のアーティストは最初に「好きな虹裏メイド」を一人選び、「◯○ The Maid」という名前で音楽を出します。
音楽の多くはロック/メタル風のハードなギターのリフを特徴とする電子音楽で、大半がインスト主体の楽曲です。
そして同じ「メイドコア」でも、アーティストによってサウンドが大きく異なります。
参考までに、人気のアーティストたちの音源を、その元ネタとなる「虹裏メイド」とともにいくつか紹介していきます。
1. Goodnight World (Yakui The Maid) (2020)
【YouTube】【Spotify】【Apple Music】
恐らくこのジャンルで一番再生されてる作品。ポストロックやシューゲイザー、メタルなどを組み合わせたような激しいインスト音楽
2. Wonderland (Ozoi The Maid x Yakui The Maid) (2016)
【YouTube】【Spotify】【Apple Music】
「Ozoi The Maid」と「Yakuii The Maid」、人気アーティストが共演し、二人のボーカルを収めた本作は、「メイドコア」におけるクラシックと言われている
3. Small Maid In The Big World (Chikoi The Maid) (2022)
【YouTube】【Spotify】【Apple Music】
ポストロック/シューゲイザー/メタルのインスト。「メイドコア」でも特に人気が高い一枚。ギターのリバーブが気持ち良い
4. III (Itai The Maid) (2022)
【YouTube】【Spotify】【Apple Music】
キュートでややエキセントリックなボーカルと、耽美でクラシカルな雰囲気の音楽
5. The Maid (Yabai The Maid) (2020)
【YouTube】【Spotify】【Apple Music】
ピアノや弦楽器、電子音楽やアニメのセリフのサンプリングなど、雑多ながらも独特の美学を感じさせるインスト/ポストロック
6. Genesis (Kaitai The Maid) (2015)
【YouTube】【Spotify】【Apple Music】
ヘヴィメタルに、ビット音によるチップチューンを組み合わせた「ニンテンドーコア」
いかがでしたでしょうか。
ここに挙げた以外にも、「メイドコア」には様々な虹裏メイドのアーティストがいます。
中にはごく一部ですが、「fekalia the maid」や「Gay the Maid」といったオリジナルメイドのアーティストなども。
興味がある方は、VKの「メイドコア」コミュニティで(ロシア語ですが)様々なアーティストの情報を得ることができます。
さらに、「メイドコア」を作るための「How To 記事」もありますので、これを機会に参加してみるのも良いかもしれません。
ロシアのダークな音楽
「メイドコア」の音楽性は様々ですが、通底する感覚として「陰鬱でメランコリック、ダーク」なムードを見出すことができます。
ジャンルの創設者である「Yakui The Maid」氏は、「どのような感情でこの音楽を作ってるか」聞かれ、次のように答えています。
「大抵の場合は悲しみ、またはメランコリックな感情のとき。悲しい漫画やアニメに触れてから音楽を作ります」
「私は鬱を患っていますので、常にそうした気分でいます」
こうした陰鬱とした気分は、近年ネットで注目を集めた「ロシアン・ドゥーマー・ミュージック」にも見出すことができます。
この「ドゥーマー」とは「4chan」で生まれた20代前半男性のミームで、彼は常に人生に絶望し、悲観しています。
ある時、このドゥーマーのイラストとともに「ロシア語のポストパンク」だけで作られたプレイリストが作られます。
そしてこれがブームになり、ロシア語による陰鬱ロックが次々と発掘されることに。
ちなみに、同じくドゥーマーを使ったブームに「ドゥーマーウェーブ」があり、こちらはオルタナの楽曲のスピードを落とし、リバーブをかけて陰鬱とした雰囲気を出します。
「メイドコア」に話を戻すと、ある人はこの陰鬱なムードについて、「メイドが日常生活のストレスに対処しようとしているときに流れるような音楽」と紹介していました。
「メイドコア」が描く「世界観」やそれぞれのメイドの「キャラクター」を感じながら聴くと、この音楽をより深く楽しめるかもしれません。
2. メイドコアの音楽性
- アーティストごとに音楽性が大きく異なるので、定義することは難しい
- 多くはロック/メタル風のハードなギターのリフによる電子音楽
- 陰鬱な雰囲気は、同じくロシア語圏の「ドゥーマーミュージック」と重なる
海外に広まるメイドコア
3. メイドコアの現在
ロシアのアンダーグラウンドで生まれた「メイドコア」ですが、近年になってロシア以外でも認知されるようになりました。
というのも、どうやら近年YouTubeのアルゴリズムでこれらの音楽が流れているようです。
そのわけもあってか、Spotifyでは去年の2月にプレイリストが作られ、現在2,000人以上に登録されています。
YouTubeでもメイドコアのプレイリストが作られ、中には英語での紹介動画も。
海外掲示板のRedditでも2022年12月にメイドコアのコミュニティが設立され、まだメンバーは290人と少ない(2023年8月時点)ですが、今後増える可能性があります。
また虹裏メイド発祥の地「ふたば☆ちゃんねる」の住民にも知られるなど、日本のユーザーにも(徐々にですが)広まっています。
さらに「メイドコア」に触発され、曲をもとにした漫画が描かれたり、ヴィジュアルノベルの開発プロジェクトが生まれるなど、その影響は音楽以外にも及んでいます。
このように「メイドコア」はロシアを越え、各方面に広がりを見せています。
3. メイドコアの現在
- YouTubeのアルゴリズムで「メイドコア」の動画が紹介されるように
- 去年からSpotifyでプレイリスト、Redditでもコミュニティが誕生
- 漫画やビジュアルノベルなど、その影響は音楽以外にも
終わりに
ロシアのインターネットで生まれた「メイドコア」、その起源は日本にありました。
日本のインターネットで育ったメイド文化は海外の「薬物掲示板」へ、そしてロシアにまで渡り、独自の進化を遂げました。
このジャンルがどのように発展していくか、今後も注視していきたいと思います。
なおこの記事を執筆するにあたり、「メイドコア」誕生のきっかけとなった「Yakui The Maid」さんともインタビューしました。
「メイドコア」が誕生した経緯などが第一人者から語られており、こちらのインタビュー記事もお読み頂けますと幸いです。
最後までお読み頂き、
ありがとうございました。
年(西暦) | 出来事 |
---|---|
2001 | 「2ちゃんねる」の閉鎖騒動で、避難所として画像掲示板「ふたば☆ちゃんねる」が開設 |
2004 | 「メドイさん」と書かれたメイドの絵が「虹裏」に貼られ、「虹裏メイド」ブームに |
2005 | 海外で薬物関連の画像掲示板「420chan」が開設、「ヤクいさん」がマスコットに |
2013 | ロシアのSNS「VK」でロシア人が音楽活動を「Yakui The Maid」で始める |
2014 | アルバム「Regressive Maidcore」をリリース、「Maidcore」の名前の由来に |
2016 | YakuiとOzoiで、「Maidcore」のクラシックであるアルバム「Wonderland」をリリース |
2022 | Spotifyでプレイリストが作られ、Redditでもメイドコアのコミュニティが作られる |
[1] 「420chan」は2022年6月以降、財政的な運営難と法執行機関によるサーバー押収の影響でオフラインとなっており、現時点では利用不可能。2023年に8chanの開設者に運営権が売却された
[2] 次回の「Yakui The Maid」さんとのインタビューでこの件について触れることになる
コメント
Goodnight WorldのYouTubeと書いてあるリンクの「You ube」の箇所だけSIRUP – Why Can’tになってますがミスですか?Tのところだけリンクが正しいのがなんか面白いですが
ご指摘ありがとうございます。本当ですね、、いま修正しました